魔法省のラーナ・スミスこと、本名スザンナ・ランドールが報告書を、読み終わり顔をあげると、向かい側のソファで婚約者であるジェフリー・スティアートが眠っているのに気が付いた。

報告書を読み始めたあたりでは、ソファに寝転がりながらにやにやと大好きな弟たちの肖像画を眺めていたのだが、そのまま眠ってしまったようだ。

時間もだいぶ遅いし、こう見えて多忙だから疲れているのだろう。
それにここはジェフリーの自室なので気も抜けているのだろう。
私は何かかけてやろうと立ち上がり、ジェフリーの傍へいった。

そういえば眠っている顔を見るのも久しぶりだな。
最近は色々と忙しくて顔を合わせても報告書だけ渡して解散のことが多かったからな。

スヤスヤと眠る顔は普段より幼く見える。
なんとなく私は出会った頃のことを思い出した。

私とジェフリーの出会いはもう十年以上も前のことだ。
父親の前でまだ猫をかぶっていた私に第一王子との婚約の話がきたのだ。

すでに魔法の研究に深くはまりつつあった私は、お茶会も親にバレないよう途中で抜けるくらいに貴族の行事にまったく興味なく、王子の顔すらろくに知らなかった。
だというのに王子の婚約者など非常に面倒なものになるのはごめんだった。

私は『うまくやりますので』と嘘をつき、ほぼ二人きりでの顔合わせを希望した。
そこできっぱりお断りをしようという魂胆だった。

上手くいかなければ父の体罰は免れないだろうが、その後に続く面倒よりはましだと思った。それに私で駄目なら他の妹と婚約話を進めればいいだけだ。

そして希望が叶いほぼ二人きりで行われた顔合わせ。
現れたのは銀髪碧眼の美しい少年で、幼いながらも優雅な所作で挨拶してきたので感心したものだ。
これは年頃の少女が熱をあげそうな王子様だなと思ったが、私の心には響くことはなかった。
私の一番は魔法の研究であり、目的は婚約の解消だ。
世間にはまだ発表されていないので、なんとかなるはずだ。
私はジェフリー・スティアートと名乗った王子様に向き合うと、挨拶もそこそこに、

「私は魔法の研究以外に興味などない。王妃などごめんだ」
とまったく猫をかぶることなくバシッとそう口にした。

ジェフリーは目を大きく見開いて固まった。

これで王子様は気分を害し、婚約を解消するように願い出てくれるだろう。
そう思ったのだが、少ししてなぜかジェフリーはにやりと笑ったのだ。
そして、

「俺も弟たち以外には興味がない。王位だって継ぐつもりはない」
ととんでもないことを返してきたのだ。

今度は私が驚き固まる番だった。
何を言っているのだ。この王子様は。
そんな私にジェフリーは、

「俺たちはいいコンビになれそうじゃないか。よろしくな」
そう言って手を差し出してきた。

混乱し思わず、その手をとってしまうとジェフリーがとてもいい笑顔になったのを今でも覚えている。

あの時から、私とジェフリーの関係は始まった。

なんやかんやと言い含められ結局、婚約者になってしまい。始めこそしぶしぶ婚約者を受け入れていた私を、
「これから君がもっと魔法を研究しやすくしてやるよ」
という最大の誘い文句で口説き落としてくれ、やがてジェフリーの計画の協力者にもなっていた。

そして気づけば最も信頼できる相棒になった。

私は眠るジェフリーにそっと布団をかけた。
彼にはまだたくさんやらなければならないことが多い。

「それでも少しくらいは気を抜いて休めよ」

そう言って私はその銀色の髪をそっと撫でた。

 

★★★★★★

俺、ジェフリー・スティアートが目を開けるとそこには見慣れた自室の天井が映った。
どうやら弟たちの肖像画を見ていて、そのままソファで眠ってしまっていたらしい。

身体には布団がかかっている。メイドは下げていたのでスザンナがかけてくれたのだろう。
報告書を読み終わって帰ったのだろう、スザンナの姿は見えない。

気づけばもう深夜をまわっていた。
もうベッドで休んでしまおうと布団を手にしてそちらへ向かうと、先に使っている者がいた。

「おいおい。スザンナ。人の寝床を取るなよ」
思わずそう呟いてしまった。

俺のベッドでは婚約者であるスザンナ・ランドールがスヤスヤと寝息を立てていた。
おそらく帰るのが面倒になったのだろう。そういう大雑把な性格なのだ彼女は。
しかも人には布団をかけておいて自分は何もかけていないとはさすがだ。

スヤスヤ眠る顔には色気があふれており、このベッドの主が自分でなければ色々と危険な状態だ。無防備にもほどがある。

「まったく、こういうところは昔から変わらないな」

俺がスザンナと初めて会ったのは十数年前の話だ。
『婚約者が決まった』と使用人から話を受けた。

相手は俺の派閥上位であるランドール侯爵家の令嬢とのことだった。
ランドール侯爵はかなりの野心家でありなかなかの人物だと聞き及んでいたが、娘の方の情報はほとんど得られなかった。

俺の立場から婚約を断れる訳もなく。
とりあえず、いい王子様を演じて上辺だけでも仲良くしておこうと思っていた。

顔合わせ当日、相手が『できれば二人きりで会いたい』と要望を出してきた。
それを聞いておそらくあちらは俺に憧れてでもいるのだろうと思った。

子どもたちのお茶会でも猫をかぶって上手に立ち回っているため、熱いまなざしを向けてくる女の子は多い。
ランドール家の令嬢もそういった子どもの一人なのだろうと思ったのだ。

そして対面したスザンナ・ランドールは大人びた雰囲気の綺麗な女の子だった。

う~ん。お茶会で目にしたことはない気がするが、とりあえず女の子の理想の王子様でも演じておくか。
そう考え優雅な所作で挨拶したのだが、スザンナは頬をそめるどころか、真顔のままだった。
ん、なんか思っていたのと反応がちがうな。そう思っていると。

スザンナはまっすぐに俺を見て、
「私は魔法の研究以外に興味などない。王妃などごめんだ」
と言い切ったのだ。

あまりにきっぱりとした予想外すぎる啖呵に思わず固まってしまった。

どこにでもいるご令嬢かと思ったら、なかなか面白そうなやつだった。

これは上辺だけの仲ではもったいないな。
そう思った俺はこちらも負けずとパンチある発言を返してみることにした。

「俺も弟たち以外には興味がない。王位だって継ぐつもりはない」

俺がそう言うと、今度はスザンナが固まった。

そんな彼女に
「俺たちはいいコンビになれそうじゃないか。よろしくな」
そう言って手を差し出すと、思わずという風に握り返してきた。

それがとても嬉しかったのを今でも覚えている。

あの時から、俺とスザンナの関係は始まった。

その後、彼女の状況を調べ、婚約することのいい点を言い含め正式な婚約者になり、
始めこそしぶしぶといった様子だった彼女を
「これから君がもっと魔法を研究しやすくしてやるよ」
と口説き落とし、やがて俺は最大の協力者を得ることになった。

そして気づけば彼女は最も信頼できる相棒になった。

俺はベッドを占領し眠るスザンナにそっと布団をかけた。
そしてベッドの反対側に入り、自らも横になる。

「君が婚約者でよかったよ」

そう言って俺は横に眠る黒髪をそっと撫でた。