(3巻の誘拐事件後の話になります)

私、セリーナ・バーグはソワソワした気持ちをおちつけるべく深く呼吸した。
今日は婚約者であるイアン様と我が家へ来てくれて、お茶をする予定なのだ。
そして間もなくイアン様がやってくる。
王族として多忙なイアン様だが、定期的に時間を作って私の元へ来てくれる。
少し前まではそれが婚約者の義務で仕方なくなのであろうと思っていたけど、今はそうではないとわかったのですごく嬉しい。

良く晴れた庭で準備を整え待っていると、待っていた人が現れた。

「セリーナ」
そう呼びかけて近づいてくるイアン様はキラキラして見えて、私は出会った時を思い出した。

もう十年近く前になる。私は両親から王子様の婚約者に決まったと告げられた。
大人しかった私は子どもたちのお茶会でも、あまり前に出ることなく隅で静かにしていることが多く、王子様にきちんと会ったことがなかった。
そのため話を聞いた時にはひどく動揺した。私で大丈夫かしらと。

でもとても喜ぶ両親に何も言えず、いつの間にか顔合わせの当日になっていた。
私はとにかく緊張していた。油断すると手がプルプルと震えてしまうくらいに。

そんな私の前に、今まで見たことないくらい綺麗な男の子が現れたのだ。
金髪碧眼のその子は本で読んだ王子様そのもので――私の緊張はさらにひどくなり、

「は、はじめまして。わ、わたし、セリーナ・バーグと、も、も、もうします」

挨拶を思い切りかんでしまった。
その可笑しな挨拶に、周りの大人たちがクスクスと笑った。

恥ずかしくて顔に熱があがる。きっと赤くなっているだろう。
そう思うとさらにさらに恥ずかしくて、俯きそうになった私に、

「初めまして、セリーナ。俺はイアン・スティアートだ。これからどうぞよろしく頼む」
 
イアン様はそう言って手を差し伸べてきた。

みっともない挨拶を笑うことなく、真っすぐに私を見てくれた王子様。
恋に落ちるなという方が無理な話で、私はあっと言う間にイアン様を好きになってしまった。

それから真面目で一生懸命な姿、ちょっぴり不器用だけど優しいところ。
色々な姿を目にして、私の気持ちは段々と大きく育っていった。

いつしか必死に努力するイアン様を支えたいと思うようになり、努力を重ねたが……魔力も弱いまま、学問もそれほどの成績を収められず、私はイアン様を支えるどころか、お荷物なのではないかと思うようになった。
そんな思いを抱え始めた頃、イアン様が以前よりどこかよそよそしくなり、出来の悪い私はイアン様に嫌われてしまったのだと思った。

そして、そうした気持ちのせいで操られ大変な事件を起こしてしまった。
しかし、その事件をきっかけにして、イアン様が私を大事にしてくれていたこと。
私を愛してくれていたのだと知ることが出来た。

「イアン・スティアートはセリーナ・バーグを愛している」
その言葉をもらった時は嬉しくて涙が流れてしまった。

あの日から、私は気持ちを新たにイアン様の支えになるために動き出した。
あまり好きではない社交界にも頻繁に顔を出し、諸外国の文化への学びも深めていく。
大好きなイアン様のために少しでも役に立ちたくて。

「セリーナ、どうした?」

少し物思いにふけてしまっていたら、イアン様が心配そうな声でそう聞いてきた。

「すみません。少し昔のことを思い出してしまっていてぼーっとしてしまいました」
「昔のこと?」
「はい。イアン様と出会った時のことです。イアン様はあの頃からずっと素敵です」
私がそう言うと、イアン様はやや間を置いて、

「……セリーナも、あの頃からずっと愛らしい」
とぽつりと呟いた。

私は顔に熱があがっていくのを感じた。

★★★★★★

目的地に着いたことを告げられ、俺、イアン・スティアートは浮かれる気持ちを抑えつつ、馬車を降りた。
本日は婚約者であるセリーナの家にお茶をしにやってきた。
公務が忙しくセリーナとの時間は久しぶりだ。

今日は晴れているので庭でお茶をするとのことで、使用人に案内され準備された場所へと向かう。

晴れた空の下、美しい庭園の中にその姿を見つける。

「セリーナ」
そう呼びかけて近づくと、彼女はその愛らしい顔に眩い笑顔を浮かべる。
出会った頃から変わらない俺の可愛らしい婚約者。

セリーナとの出会いはもう十年近く前のことだ。
使用人から婚約者が決まったと告げられた。
『セリーナ・バーグ』と名を聞いても顔を思い出せなかった。
それなりにお茶会には出ている方だが、きちんと会ったことがなかったのかもしれない。

婚約は王族にとっては当たり前のことで、相手を自分で選べるわけではないこともよく理解していた。
だから特にこういう子がいいなどと考えたこともなく、婚約者になった子を大切にしようと思っていた。
婚約者は今後の人生を共に歩むパートナーであり、そこに恋愛的感情は特に必要ないものだと考えていた。

しかし、初めての顔合わせの場で俺は――セリーナのあまりの可愛らしさに心を奪われてしまった。

元々、小さいものや可愛らしいものが好きで、小動物などもかなり好きだった。
だが今までお茶会で周りに集まってくる女の子たちを特別に可愛いとは思ったことはなかったので、自分は女の子にはそんな風に感じないのだなと今までは思っていたのに……。

今日、気づいた。あの子たちはただ自分のタイプではなかっただけだったのだ。
小動物みたいで可愛くて庇護欲をかき立てられるような女の子、自分はそんな子が好みだったのだ。
そしてその好みをそのまま現実にしたような女の子が目の前に現れた。
しかも彼女は俺の婚約者になるのだ。

「は、はじめまして。わ、わたし、セリーナ・バーグと、も、も、もうします」

セリーナがそう挨拶をしてきた。
鈴を鳴らしたような声もすごく可愛い。

「初めまして、セリーナ。俺はイアン・スティアートだ。これからどうぞよろしく頼む」

内心はセリーナの可愛らしさに動揺しまくりだったが、日ごろからの王族としての振る舞いの訓練の成果と、元々顔に感情が出にくいのもあり、俺は問題なく挨拶を返すことに成功した。

握手した手が彼女の手が小さくてやわらかくてまたさらに動揺したが、それもなんとかやり過ごした。

こうして俺は、すさまじい幸運で、ものすごくタイプで可愛らしい女の子と婚約者となった。

それから穏やかな優しさ、頑張り屋なところ。
色々な姿を目にして、俺は見た目だけじゃなくてセリーナの中身にも強く惹かれていった。

セリーナは距離感が絶妙で、一人になりたい時には遠くから見守ってくれ、つらい時にはそっと傍にいてくれた。
そんな彼女に俺は何度救われたかわからない。
気付けばセリーナ・バーグは俺の唯一無二の愛する女性になった。

しかし、年頃になるとセリーナの愛らしさに色々と我慢ができなくなってきた。
愛らしい笑顔を向けられると腕の中に閉じ込めてしまいたくなる衝動に駆られた。

婚姻を結んでいないというのに、そんなこと許されないことだ。
俺は強くなる衝動を抑えるために、セリーナから少し距離をとった。

そのことでセリーナに誤解をさせてしまい、危険な事件に巻き込んでしまうことになった。
俺はひどく反省し、自分の思いをセリーナに伝えた。

そして晴れて誤解は解け、またこうして仲良く日々を過ごしている。

「セリーナ、どうした?」

どこかぼーっとした様子になったセリーナ。心配してそう声をかけると、

「すみません。少し昔のことを思い出してしまっていてぼーっとしてしまいました」
と答えが返ってきた。

「昔のこと?」
「はい。イアン様と出会った時のことです。イアン様はあの頃からずっと素敵です」

ほんのり頬を染めてそう言ったセリーナが愛らしすぎて、言葉を失った。
だが、この間の事件でのことで気持ちをしっかり伝える大切さを学んだ俺はなんとか口を開いた。

「……セリーナも、あの頃からずっと愛らしい」

俺の言葉に顔を真っ赤にするセリーナがまた可愛すぎて、俺は色々と我慢するべく拳を握りしめた。