「ジオルド様、九歳のお誕生日おめでとうございます」

満面の笑みで婚約者であるカタリナ・クラエスがプレゼントを渡してきた。

いつも使用人たちから「おめでとうございます」と家族からのプレゼントを渡されてきたが、こんなに満面の笑みで楽しそうにプレゼントを渡されたのは初めてだった。

今まで味わったことのない、むずかゆいような不思議な気持ちを覚えて戸惑い、すぐに反応が返せない僕の前でカタリナは楽しそうに話しだす。

「これが最近話題のお菓子屋さんのケーキで――。これが――」

どうやら一つに絞れなかったらしいプレゼントを説明してくれる様子に、どれもカタリナが一生懸命選んでくれたことが伝わってきた。

食べることが好きなカタリナらしい、お勧めの美味しそうなたくさんのプレゼントを前に、

「ありがとうございます」

気持ちを整えてそう返すと、

「いっぱいあるのできっと気にいるものも見つかると思います」

カタリナが拳を握りしめ笑顔でそんな風に言った。

そして彼女の言葉通り、僕はなんだか好きだなと思えるものを見つけ、やがてそれをカタリナが、頻繁に持ってきてくれるようになった。

とても懐かしく幸せな夢を見て目覚めた。

本日、城ではソルシエの建国記念パーティーが行われる。国内外から多く来客が訪れる予定だ。

そのため夢に浸っている時間もなく支度を整え、ソルシエ王族の一人として完璧に振舞う。

他国の来客が多く挨拶の列が通常時よりも非常に長くとも笑顔をはりつけ、双子の弟でアランが疲れた顔をしているのを横目に、いつも通りの変わらぬ対応をしていく。

長い挨拶が終わり、家族と離れそれぞれ個々に動きだせば、すぐに女性たちに囲まれた。

他国からの来客である令嬢たちは、ソルシエの令嬢たちより積極的でなかなか諦めを知らなかった。

はやく婚約者の元へ行きたい僕としては、態度には出さないまでも少しずつイライラとしてきたところだった。待ち望んでいた姿がこちらへ向かってくるのが見えた。

周りを囲んでいた女性たちをかわして、すぐにそちらへと歩みよると、

「カタリナ」

と声をかけるとそのまま、流れるようにエスコートする。

「婚約者がきてくれましてので、お話はここまでにさせてもらいます」

これ幸いと周りに集まってきていた女性たちに作った笑顔を向けた。

いつものソルシエの女性たちならばここで引いていくが、今日は引かない強者もいた。

「婚約者といっても所詮、政略的なものでしょう。うちの国では今、政略に縛られずに恋愛をして真に愛する人を見つけ婚姻を結ぶのが主流になりつつあるのですよ」

あろうことかそんなことを言って前に出てきた女性に、失笑しそうになるが、そこはいつもの笑みをはりつけたまま、

「そうですか、政略的な婚約ならばそういうこともありなのかもしれませんが、僕はここにいるカタリナを真に心から愛していますので大丈夫ですね」

そう言い切れば、さすがに続けて反論してくる者はいなかった。

これだけカタリナを愛していると公言しているというのに、未だにこのような愚かなことを言ってくる者の多いこと、この発言で少しは愚か者たちにもわかってもらえればいいが、厳しいだろうな。

なぜかこういった女たちはいつも自分に都合のいい話しか信じない。そういう生き物なのだろう。少しも興味が持てない。

「では、皆様、失礼します」

にこりと告げ、カタリナをエスコートして歩き出す。

早く会いたいと願っていたカタリナをこうしてエスコートして歩け、普段ならばとてもいい気分になるところだが、今は違った。

先ほど他国の来客に挨拶をしている間に見た光景が頭をよぎっていたからだ。

今日のパーティーでは、王族として、他の貴族とは別に会場へ入ったため、カタリナとは別行動だった。

しかし、どんなに広い会場の中でもカタリナがいるであろう場所は見当がついた。

食べるのが大好きなカタリナはきっと飲食の場へ足を向けているだろう。

目を向ければ、やはり飲食の場で美味しそうに食べている姿を見つけ、嬉しそうな顔に自然と笑みがこぼれた。

しかし、その直後にカタリナにエテェネルのセザール王子が声をかけ、二人が話すところを目撃してしまった。

エテェネルのセザール王子は、おそらくカタリナに気がある。しかし、カタリナはいつも通りそのようなことにまったく気づいていない。

人たらしのカタリナ、今までも多くのライバルがいたが、エテェネルのセザール王子は……その余裕ある態度と政治的手腕、彼に本気を出されたらかなわないかもしれないと思わせるものがある。

つい最近ジェフリーに騙され、嫉妬から暴走してセザール王子の目の前でカタリナにキス(それも濃厚なもの)をして威嚇してしまった。

その後、正気になり自分の失態に羞恥を覚え、本日の挨拶では気まずい思いを抱えていたが、そんな僕とは裏腹にセザール王子はまったく気にした様子もなく挨拶をしてきた。

そんな余裕な感じもまた僕を焦らせる。

休憩室となっている部屋に到着し、僕はカタリナに向きあってすぐに口を開いた。

「先ほど、エテェネルの王子と何を話していたのですか?」

その問いにカタリナは何か考えているのかすぐに答えてくれない。たいした間でもないのに、気持ちが急いて、

「カタリナ」

そう呼びかけると、

「あの、具合はどうかとか、そういう話を少ししただけです。それですぐセザール様はキースを呼びに行ってくれたので」

そんな答えが返ってきた。

とりあえずその答えにほっとした。

「……そうか、また迫られたのかと思った」

思わずもれてしまった呟きに、

「もしかして、挨拶の時の様子がいつもと違ったのも、それが気になっていたからですか?」

カタリナがそんな風に聞いてきた。
僕は驚いてしまった。完璧にいつも通りにできていたはずだった。

「僕、様子が違いましたか?」
「はい、なんというか疲れているのか、調子が悪いのかなという感じでした」
「そうですか……ちゃんといつも通りにできていると思ったのですけど」
「大丈夫です。他の人は気づいていないようでしたよ。私は付き合いが長いのでわかっただけで、他の幼馴染たちもそうだと思います」

カタリナはそんな風に言ったけれど、家族、それに幼い頃から仕えている使用人にすら気づかれないほどうまく装えていたのだ。それでも、カタリナは、カタリナだけはいつも気づくのだ。

「こんなに気づいてくれるのはカタリナだけだと思いますけどね」
「いえ、そんなことは」

否定の言葉を口にしようとしたカタリナの口の前に僕は人差し指をたてた。

「そんなことありますよ。君は弱っているときにはいつも欲しい言葉をくれて、傍にきてくれる。そんな君がいるから僕は頑張れるんですよ。だから、カタリナ、君にはこれからもずっと僕の傍にいてほしいんです」
 
僕そう告げると、カタリナの頬に赤みがさしてきた。その事実に飛び上がりたいほどに嬉しくなる。

婚約者であり、思いを伝えて続けているのになぜか本人には気づかれない(本気にされない)という不思議な状況を長年過ごし、ようやく思いが届いたが……それでも意識されることが少なく、自分には魅力が足りないのではないかと思う時もあった。

それがここにきて、ようやく僕の言葉にこうして頬を染めてくれるまでになった。長い片思いが少しだけ報われた気持ちになる。

だからと言ってこれで満足などしない、いやできるわけない。君を手に入れたい。

その赤く染まった頬にそっと手を伸ばし、顔を近づける。

ふっくらとした赤い唇に狙いを定めそのまま近づいていくと、カタリナがはっとした顔になり、手のひらを僕の額に当ててきた。そして、

「熱い!? ちょっと、ジオルド様、熱すぎます。これ、絶対に熱ありますよね!」

大きな声でそう言ってきた。

しまった。ついに発熱がバレてしまった……今回こそは多少の疲れ程度だと誤魔化せると思ったのに、カタリナが可愛すぎて油断してしまった。

そう実は僕は朝から発熱していた。だが、そんなもの気持ちでどうにでもできていた。

いつも通り変わらずに気づかれずに過ごせるという自信があった。

「大丈夫ですよ」

と言った僕にカタリナは、

「いや、この熱さは全然、大丈夫じゃあありませんよね。これきっとあの挨拶の時からこうでしたよね。わかっていて無理していましたね!」

と詰めよってきた。

とりえずここまできたらもう誤魔化せないので、

「少し前から調子が悪かったですけど、今日の朝、起きたらこんな感じだったです。でもこのくらいなら気づかれないでなんとかできますから問題ないです」

そう言ったのだが、すかさず、

「問題あります」

そんな風に返された。そこで僕も少しだけムキになってしまった。

「迷惑はかけませんから大丈夫です」
「そうではなくて」
「ちゃんと仕事はできます」

今までもこうしてちゃんとできてきたのだという自負もあり、そう言い切るとカタリナの眉がきゅっとあがった。

「もう、仕事のことでなくて、私がジオルド様がこんな体調不良で無理していることが、心配で仕方ないので!」

予想していなかったカタリナのその言葉に僕は固まり続く言葉を出せなかった。

「では、ジオルド様はここで少し待っていてください。しかるべきところへ連絡してきますから」

そう言ったカタリナに促されるまま呆然としたままの僕が素直に備え付けのソファに座ると、彼女はそのまま部屋を後にした。

一人残された僕の頭はそこでようやく動き始めた。

カタリナが心配してくれているのはわかっていたけど、あそこまではっきり面と向かってあんな風に言われると、なんだかむずかゆい気持ちになった。

自分のことは自分でなんとかする。そう思って不調も気づかれないように過ごしてきたのに―――本当にカタリナのお陰で僕はすっかり変わってしまったな。

そんな風にむずかゆい気持ちを持て余していると、出て行ったカタリナが、ジェフリーを引き連れて戻ってきたではないか。

「カタリナ嬢から話は聞いたぞ。あまり無理をし過ぎないでくれよ。君には頼れる兄弟がいるんだからいくらでも頼っていいんだからな」

兄の顔でそう言うジェフリーにさらにむずかゆい気持ちは膨らんで、

「そこまで具合が悪いわけではありません」

とそっけなく返せば、カタリナがずんずんと寄ってきて、また僕の額に触れてきた。
 
「やっぱり熱い。全然、大丈夫じゃないじゃないですか、強がりもここまでですからね」
 
そう言ったカタリナは、今度は僕の頭に手をのばし、

「ジオルド様のこれからの仕事は休むことですから、異議は認めません。わがまま言わないでちゃんと休まなきゃだめですよ」

といいながら、ぺんぺんと軽く頭を叩いた。

「……わがままって」

今まで誰からも言われたことなんてないのに……、なんだか年上ぶっているその態度に複雑な気持ちになる。

「そうだぞ、わがままはここまでいい子にして休むこと」

カタリナの発言にのってジェフリーもそんなことを言って僕の肩を掴んで、

「よし、部屋は準備してあるから行くぞ」

と引きずられていく。

普段なら絶対に抗うそんな行為に、抗う気力が起きないのはこの体調不良のせいか、それともなんともいえないむずかゆい気持ちが胸に渦巻いているせいか。

ジェフリーに引きずられていく途中で、僕はこちらを心配そうに見つめるカタリナを目にし、

「ありがとうございました」

と小声で呟いた。

なんだか恥ずかしくて、それでいて嬉しいような複雑な気持ちでただでさえ熱い顔が、さらに熱くなった気がした。

「しっかり休んで早く元気になってください」

と背後からカタリナの声が聞こえた。

なんだかまた熱くなってきた。