(13巻の中の話になります)

私はエイミー、数年前に両親が相次いで亡くなってしまい、それからこの孤児院に引き取られて暮らしている。

外の人に『大変でしょう』と言われることもあるけど、私はそんな風に思ったことない。
両親がいなくなってしまったことは寂しくて辛いけど、生活は前よりよくなったから。

私の家はすごく貧しくて、その日の暮らしがやっとな状態で、ご飯を満足に食べられなかった。
だけどここの孤児院にきてからは、温かくて美味しい食事が三食も食べられて、勉強まで教えてもらえる。身体の調子もよくなって病気にもならなくなった。

それからここにきてから夢もできた。
それは―――。

「――おねえちゃんみたいだよ」「行ってみようよ」「お土産あるかな」
そんなことを言いながら皆が騒がしく駆けて行くに気づき、私も気になってその後を追った。

庭に一台の馬車が止まり、そこに皆が集まっていた。
その中心には、もう何度もここへ来ている茶色の髪に水色の瞳の綺麗な女の人がいた。

「カタリナお姉ちゃん遊ぼう」「鬼ごっこしよう」「かくれんぼしよう」
チビたちに囲まれカタリナお姉ちゃんが笑顔で相手をしている。
いつも全力で遊んでくれるカタリナお姉ちゃんはチビたちに大人気なのだ。

「ねぇ、かっこいいね」「うん、素敵ね」
ひそひそした女の子たちの視線の先には、褐色の肌に黒い瞳の綺麗な男の人がいた。
どうやらカタリナお姉ちゃんと一緒に馬車でやってきた人のようだ。はじめて見る人だった。

カタリナお姉ちゃんも綺麗な人だけど、一緒にくるのもいつも綺麗な人ばかりだ。
男の人もそうだし、女の人もそうだ。
だからカタリナお姉ちゃんたちがくるときは皆、少しソワソワしている。

「カタリナ姉ちゃん、お土産は?」
と男の子がカタリナお姉ちゃんにお土産をねだり、もらうと嬉しそうに駆けて行く。
カタリナお姉ちゃんのお土産はいつも美味しいものが多いから大人気なのだ。

カタリナお姉ちゃんがチビたちに囲まれ、動けなくなっているのを見かねたように、

「こらチビども、カタリナ姉ちゃん来たばかりだろう。遊ぶにしても少し休んでもらってからにしろよ」

そう声をかけたのはリアムだ。

数か月前にここへやってきた私と同じ年の男の子だ。
違う国からやってきたというリアムは、最初はなんだか怖かった。
いつも怒っているような感じで、誰かが声をかけても返事をしないで、一人でばかりいた。
だから皆も遠巻きにみてた。
何度か家出もして大騒ぎになって、なおさら皆、距離をおくようになった。

だけどカタリナお姉ちゃんたちが来るようになってリアムは変わった。
段々と皆への態度もよくなって、勉強にも参加するようになり、皆と過ごすようになり、笑顔も見られるようになった。それからすごく親切で優しくなった。

リアムだけじゃない私もカタリナお姉ちゃんのお友達、マリアお姉ちゃんにお菓子作りを教えてもらって、生活が変わった。

今までは特にやりたいことなんてなかった。勉強は好きでも嫌いでもなく、他の仕事も同じで、なんとなく日々を過ごしていた。
お菓子作りも当番で作っているという感じで、それほど楽しいとは思っていなかった。

でもマリアお姉ちゃんにお菓子作りのコツや詳しいやり方を聞いて、はじめてお菓子づくりを楽しいと思えた。

そうして教えてもらって作ったお菓子を『美味しい』と言ってもらえた時、嬉しくてまた作りたいと思った。
私のお菓子を食べて笑顔になってくれた人を見た時、すごく幸せな気持ちになった。

家にいた時は食べたこともなかったお菓子という食べ物、孤児院では当番制でつくっていたけど、そこまですごく美味しいという感じでもなかった。

たまに外の人がお土産でくれるお菓子は特別に美味しかったけど、それは特別な人だけが作れるものだと思っていた。

だけど、マリアお姉ちゃんに教えてもらい、皆が笑顔になり『美味しい』と言ってくれるお菓子を私も作れたんだ。

そこから私はお菓子づくりについて勉強した。はじめて勉強が楽しいと思えた。
しっかり勉強すればお菓子づくりは段々と上手くなっていく。

そしてお菓子屋さんで働くこと、そこで皆を笑顔にするお菓子を作りたい。それが私の夢になった。

はじめて出来た夢、だけど人に話すのは照れ臭くて、院の皆には話していなかった。
だけど、ある日、お菓子を作って皆に配った時だった。

「エイミーの作る菓子は本当にうまいな。これはもう売れるレベルなんじゃないか」
お菓子を口にしたリアムがそんな風に口にしたのだ。
 
それを聞いた周りでお菓子を食べていた皆も、

「そうだね。このお菓子はもう売り物みたいだね」
「お菓子屋さんになれるんじゃない」
などと言い出した。

そんな風に言ってもらえて嬉しかったけど、恥ずかしもあり素直に嬉しいと、私もそう思っているんだと言えないでいると、

「エイミーは菓子屋になりたかったりするのか?」

リアムが優しい顔で聞いてくれた。
リアムが他の男の子みたいに揶揄ったり茶化したりする子でないことは知っていたので、

「うん。実は私、将来はお菓子屋さんになりたいの」

と口にすることができた。

「そうか、エイミーの菓子はうまいもんな。お菓子屋さん、いいな。俺も応援するよ」
リアムが笑顔でそんな風に言ってくれた。

嬉しくて顔に熱があがった。
その時からリアムは私の中で特別な男の子になった。

「食堂で少し休めば、茶くらいだすぞ」
「リアムがお茶をいれてくれるの?」
「俺だってそれくらいできるから。あ~、でもお嬢様が満足できるようなちゃんとしたのは入れられないけど」

カタリナお姉ちゃんとそんな風におしゃべりするリアムはとても楽しそうだ。

リアムはすごく気が付く子だけど他のお客さんにはこんな風に出ていかない。
カタリナお姉ちゃんの時だけだ。

リアムと一緒にカタリナお姉ちゃんたちが食堂へとお茶を飲みに移動する。
私もその集団の後ろについた。

リアムが笑顔でカタリナお姉ちゃんに声をかけ、お茶を入れにいく。
その背中に私は声をかけた。

「あの、リアム」
「ん、どうしたエイミー?」

リアムが優しい顔で振り返る。
いつもならすごく嬉しいのに、今日はなんだか胸がモヤモヤする。しかも、呼びとめておきながら、言いたいことがまとまらない。

「あの、その……」
もごもごする私をリアムは揶揄ったりしないで、優しい顔で待ってくれている。

「その……お菓子」
咄嗟に出たのはその言葉で、

「お菓子?」
「そう、お菓子、カタリナお姉ちゃんたちにも食べて欲しくて」
そう続ければ、

「いいな。お前の菓子、うまいもんな。味見してもらえよ」
と笑って言ってくれた。

「……うん」
こうして私はカタリナお姉ちゃんたちにお菓子を振舞うことになった。

調理場で作り置きしておいたクッキーをお皿に盛りつける。
咄嗟にお菓子を食べて欲しいと言ったけど、なんだか今更、緊張してきた。

院の皆は私のお菓子を『美味しい』と言ってくれるけど、カタリナお姉ちゃんはその服装や仕草から間違いなくお金持ちのお嬢様だから、きっとおいしいお菓子も食べなれているだろう。

私のお菓子は口に合わないかもしれない。そう思うとドキドキして、運んでいくときも心臓がバクバクしていた。

お皿のクッキーの気づいたカタリナお姉ちゃんは、
「お菓子まで、そんなに気を使わなくてもいいのに」
そう言い、リアムが、

「こいつが外の人にも味見して欲しいんだって」
と私を指さした。

私はぴしりと背を伸ばして、そして頭を下げた。
そしてお皿を運んでくる時に考えていた言葉を告げた。

「いま、マリアお姉ちゃんに教わってお菓子づくりを練習しているんです。ここの皆は美味しいって言ってくれるんだけど、他の人に感想を聞きたくて」

恥ずかしくてドキドキしながらそう言えば、リアムが、

「こいつは、もともと菓子作りをしたりしてたんだけど、マリア姉ちゃんに教えてもらってからすごい上達してさ。俺たちはもう店に出せるくらいじゃないかなと思ってるんだ」

まるで自分のことのように誇らそうにそんな風に言ってくれて、思わず顔に熱があがっていく。

「うん。すごく美味しい。ありがとう。リアム」
カタリナお姉ちゃんがリアムの入れたお茶を飲んでそういうと、リアムはすごく嬉しそうな顔をして、また胸がモヤモヤしてしまった。

そしてついにカタリナお姉ちゃんが私のクッキーを口にいれた。胸がバクバクした。
じっとカタリナお姉ちゃんを見つめると、その顔がぱぁっと笑顔になった。

「すごく美味しい。これは確かにお店で出せるわ。しかも絶対に人気商品になるわ!」
 カタリナお姉ちゃんはそう言ってくれた。
 
カタリナお姉ちゃんが、美味しいお菓子をいっぱい食べなれているであろう人が美味しいと言ってくれた!本当に嬉しい!

すごくすごく嬉しい私にさらにリアムが優しい顔で、

「おお、お嬢様のお墨付きになったぞ。これなら余裕で菓子屋に就職できるな」
そんなことを言ってくれたから、また顔が熱くなった。

「うん。本当に美味しかったから、どこのお菓子屋さんでもすぐ採用だよ」
カタリナお姉ちゃんはそんな風にもいってくれた。お姉ちゃんはすごく優しいんだ。

そこから皆が私も僕もと夢を語り始めた。
こんな風に他の人の夢を聞くのは初めてで、皆が私と同じように夢を持っていたんだと思うと嬉しくなった。

お皿を片づけて食堂へ戻るとリアムがカタリナお姉ちゃんと一緒にきたお兄ちゃんと話をしていた。その顔はキラキラして楽しそうだ。

でもカタリナお姉ちゃんが食堂から出ていく時にはその姿を目で追っているのが見えて、やはりカタリナお姉ちゃんが気になっているんだなとまた胸がモヤモヤした。

お菓子をカタリナお姉ちゃんが褒めてくれて、すごく嬉しかったけど、リアムがカタリナお姉ちゃんをすごく強い視線で見つめていたのに胸がモヤモヤして、なんだか気持ちが落ち着かない。

やがて夕方になりお姉ちゃんたちが帰った後、夕食の支度の手伝い当番が一緒だったリアムが、

「エミリー、お前の菓子、お嬢様にも認められてすごいな」
と笑顔でいってくれた。

私は熱が上がっていく顔でなんとか
「……ありがとう」
と返した。

カタリナお姉ちゃんは綺麗で優しくて素敵な人で、リアムが惹かれてしまうのもわかる。

でも、私もこれから頑張ろう、お菓子作りを頑張って、それからもっとお勉強して、カタリナお姉ちゃんみたいに素敵な人になれば、いつかはリアムがあの強いまなざしを向けてくれる日がくるかもしれないから。